わちにんこ

現象の花の秘密

平沢進のニューアルバム「現象の花の秘密」がリリースされた。オリジナルアルバムとしては3年と9ヶ月ぶりのリリースとなり、12枚目のソロアルバムになる。2003年にリリースされた「BLUE LIMBO」、2006年の「白虎野」、そして前作の「点呼する惑星」までの3作品は皆、2001年9月11日以降の欺瞞に満ち、マスメディアによる洗脳に毒された世界を反映した所謂ディストピア三部作であった。それから10年の時が経ち、2011年3月11日を経験した世界は平沢進の目にどのように映り、どのように作品に還元されるのか。死者への鎮魂歌か、それとも欲にまみれた巨大権力への弾劾か。しかし、リスナーの安易な想像をひらりとかわし、平沢進は虫眼鏡を片手に幻惑の庭で花々に囲まれていた。

 

音色面では、昨年導入された500GBの弦音源「Hollywood Strings」がアルバムを通して活躍している。前作から全面的にシンフォニックな作風となり、2枚の還弦アルバム経たが、前述の新音源によって今までより遥かにリアルなオーケストラサウンドになった。一方で電子音は殆ど使用されていないず、アルバム全体の統一感は完成されたが、ソロ初期の煩雑した作風を期待すると肩透かしを食らってしまう。

M1 現象の花の秘密

1曲目からタイトルトラックであり、このアルバムの序曲にあたる。「キミ」「花」「物語」「幕」と、このアルバムのキーワードとなる歌詞が多く登場する。花々の具体名と比喩的な記号が交錯し、まさに現象の花園へと誘ってくれるポップチューンだ。

M2 幽霊船

一転して景色は夜だ。幽霊船には死者が乗っているのか。「斬首台に晒される賢人の物語」の幕が開ける。

M3 華の影

アルバムで唯一電子音が全面的に使われている。歌詞は徹底的に頽廃した世界観を示すが、曲調には気品を感じる。荒れ狂うICE-9のソロ。覇道を行き力を得た者が居るらしい。「銃」「孤軍」と軍事的な歌詞が新鮮だ。

M4 脳動説

アルバム内で2曲だけ歌詞に花を連想させる語句が登場しない曲があり、これがその1曲目。爽やかで足早な曲調で「最果てまで至近距離」の「脳動説」が語られる。「ガリレオ」が登場するが、この説もまた権力によって異端とされ、見捨てられたのだろうか。

M5 盗人ザリネロ

具体的な人名(?)が登場した。「外道ザリネロ」は相当な力をもってあらゆる現象を盗むことが出来るようだが、その力で何もかも失ってしまったのか?「無い "在るはずの朝"」でキミを目指す姿はどこか物悲しい。還弦主義の副産物であるアコースティックギターの登用も嬉しい。

M6 侵入者

前の曲と間髪無くガラスの割れる音が挿入され、この曲が始まる。今までの曲が箱庭の中の現象を描いていたとすれば、ガラスの割れる音は外からの「侵入者」の存在、そして安寧の花園から移動しなければならないという現実を意識させる。「壁は盾の役を終えて消えた」。ここからアルバムの後半が始まるのか?

M7 Astro-Ho! Phase-7

P-MODELの楽曲ジャングル・ベッドⅠのアレンジとして作られた曲で初登場を遂げたAstro-Ho!。2006年には亜種音TVに再び登場、そして、前作「点呼する惑星」では主人公を演じた。地球を出発し、点呼する惑星へHard Landingしてしまい、そのまま出られなくなった状態で放置されていたが、その後が描かれているのか。忙しない曲調は宇宙船を連想させる。窓の外は現象の洪水。Astro-Ho!はテラに未来を見たのか? 

M8 Amputeeガーベラ

Amputeeとは「手足を切断した」と言う意味。「ガーベラ」という曲名と、病気で片足を切断した過去を持つことからShampooの折茂昌美をモデルに作られた曲であることは間違いないだろう。前3曲から一転して明るい曲調に戻る。「星を生むような巨大な3Dの裏庭」は花と銀河、ミクロとマクロの現象の重複を連想させる。

M9 冠毛種子の大群

まるでハリウッド超大作の様な派手なオーケストラだ。冠毛種子=綿毛の牧歌的な印象と対照的に過剰に物騒な曲調である。軍事的な歌詞の世界観は「華の影」と似ている。何故、冠毛種子は「丘のトーチカ」に撃墜されてしまうのだろう。 

M10 空転G

最終トラックは曲調も明るく、なによりも平沢進のエッセンスがたっぷりで、初めて聴く曲なのに懐かしく、安心感がある。「サハリンから〜」「チェンライの〜」と歌詞に地名が連なるのは「賢者のプロペラ」を連想させるし、ギターソロなんて何処を切っても平沢進のギターソロといった感じだ。今まで曲のマンネリ化がどうのこうのと文句を垂れていたリスナーにドヤ顔でマンネリをかましたといった印象。歌詞に「花」が登場しないことからも、アルバムの終わり、花園からの脱出を感じる。

 

曖昧ながら何か物語を示唆している様な絶妙な世界観は相変わらず素晴らしい。今現在分からない部分も、来年のインタラクティブ・ライブ「ノモノスとイミューム」で少し明らかになるかもしれない。それまでこのアルバムを聞き込んで、自分なりの現象の花の秘密を探ってみようじゃないか。花見だ花見。